ホーム>受けてよかった人間ドック ~人間ドック体験記~>第10回 ソニー生命賞

第10回 ソニー生命賞

ソニー生命賞 『父たちの想い、やがて命をつなぐ君へ』

  袈裟丸 梨里子さん(茨城県)

今年、夫は55歳になり義父が亡くなった歳を越える。義父は働き盛りの53歳の時に脳腫瘍で倒れ、2年の闘病後還らぬ人となった。なので、私が知る義父は古い写真の中だけで私たちの結婚の挨拶は、 〝永遠に〟と刻まれた義父の墓前に報告した。

一方私の実家は飛行機の距離にあり、結婚の挨拶が夫と私の両親の初顔合わせとなった。酒を酌み交わし、冗談も言い合えるほど打ち解けた頃、なぜか生まれ年の話になり、「え?お父さん、昭和19年生まれなんですか?」と夫がとても驚いた顔をした。「そう、もうすっかり歳だよ。」と笑う父との会話をその時はただ何となく聞いていて、空港に向かうタクシーの中で夫がぼそっと呟いた「お父さん、親父と同い年だ。」という言葉の意味も深くは考えなかった。

夫は、毎年人間ドックと一緒に必ず脳ドックも受診する。父親が脳の病気だったからという理由だが、その背後にある本当の想いも、当時の私はよく理解していなかったように思う。鈍感な妻との結婚生活が10年を過ぎたある日の夕食で、夫が何気なく話し出した。「今日、仕事で実家の近くの駅に行ったんだよ。あの辺ずいぶん変わったなぁ。」「へぇそうなんだ。」私も何気なく答える。
「昔はあそこの駅前に回転寿司があってさ。ボーナスが出た時とか親父がよく連れていってくれたんだ。俺や弟にいっぱい食えってさ。」「あはは、男の子二人だからすごい量食べただろうねぇ。」冷蔵庫にビールを取りに行く私の背中に夫が続ける。「あの頃は金も大変だったろうにな。一生懸命俺たちのために頑張ってくれたんだよな。でも…」何か言いかけたはずの夫が急に黙った。不思議に思った私がふと振り向くと、夫が肩を震わせながら絞り出すような声で呟いた。「…今、生きていてほしかったよ。側で俺たちを見ていてほしかった。」箸を持つ夫の手の甲には、大粒の涙がポタポタと落ち続ける。

私はそのとき初めて「お父さん、親父と同い年だ。」という言葉の深さを知り、鼻の奥がツンとして一瞬息が吸えなかった。毎年、義父の誕生日や命日、お盆やお彼岸もお墓参りを欠かしたことはない。結婚の挨拶も、息子の誕生も成長もすべて報告してきたつもりだった。けれど、義父と同い年の私の父の反応を見て、夫の心中はどんなに切ない思いを堪えてきたのだろうか。遠距離なのでそう頻繁には帰れなかったけれど、首がまだ据わらない息子を恐る恐る抱く危なかしい腕、「じいじ」と小さな手を伸ばしてよちよち歩いてくる息子に目を細める顔、息子の好きなおもちゃを探して嬉しそうに何軒もお店を回る様子、その父の姿を見て私自身も幸せな気持ちになれた。夫もそんな義父の姿を見たかったはずなのに。

夫が脳ドックを受ける理由が息子の幸せを見守りたい、そして息子が見守ってほしい時に側にいてあげたい想いであった事に気づいた時、夫の姿が涙で滲んで見えた。

幸い脳ドックではまだ異常が出たことはないが、肝臓の数値や体重がオーバーしている際夫はすぐに改善にとりかかる。

「パパは健康に関しては意識高い系だよね。お酒好きだけど飲まないって決めたら、絶対飲まないもんね。勉強しろってうるさいのはむかつくけど、その意思の強さはすごいと思う。」14歳になり反抗期真っ只中の息子が、私と二人でTVの健康番組を見ながら言った。

「自分のためだけじゃないと思うよ。おばあちゃんから聞いたけど、パパはまだ20代の時にお父さんが倒れて大変だったんだって。仕事が終わってからとか、土日におばあちゃんと交代でおじいちゃんの看病をしていて、周りは遊んでいる年頃なのに、申し訳なかったっておばあちゃんが言ってた。パパからそれが嫌だったとか大変だったとは聞いたことはないけど、あんたにはそういう苦労をさせたくない気持ちもあると思うよ。」「……。」あれ?返事がない。ふと横を見ると息子の目の縁いっぱいに涙があふれて今にもこぼれ落ちそうになっている。親子して、同じ泣き方をするらしい。

「だったら、ママもお酒やめなよ。」鼻を啜りながら息子がぶっきらぼうに言う。

「ママは人間ドック正常値だから。」いや、そういうことじゃない。すでに私の身長を超した君は、これからもっと大人になっていくのだろう。Zoomの画面越しで息子の立ち姿を見た私の父が驚いて叫んだ。「すごいじゃないか!もうすぐ、パパの背も超すな。」

その成長を、幸せを見守りたい人がいる。見守っていてほしい人がいる。その想いを“永遠に”つなげるために、私たちは自分の健康を意識するのだ。お義父さん、大切なことを教えてくれてありがとう。お父さん、いつも見守っていてくれてありがとう。そして夫へ、あなたの父としての想いもちゃんと息子に伝わっているよ。父たちの想いを継いで、君は成長していく。私も、いつか君の家族の幸せを見守れるように、今年はまだ人間ドックを受ける前だけとお酒を減らそう。