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第3回 ソニー生命賞

ソニー生命賞 『周りの人のために』

本間 由美さん(神奈川県)

「かずちゃん。(ぐすん)すぐに来て…(ぐすん)」

 私は泣きながら電話をかけていました。今から十年以上も前の話です。人間ドックで子宮筋腫が大きくなっていることが分かった私は、その日、大学病院にMRIの再検査を受けにきていました。

 受話器の向こう側からは、当時付き合っていた彼のおろおろした声が聞こえてきました。「ど、どうした。何かあったのか?」「うん。でも、電話では話せない。後で話すから迎えに来て…」「分かった。すぐに行くから待ってろよ」私はその言葉を聞くと、疲れきったように待合室のベンチに座りこんでしまいました。しばらくして、ぽんぽんと軽く肩を叩かれて私は目を覚ましました。いつの間にか、うとうとと居眠りをしていたのです。寝ぼけ眼の先には、彼の心配そうな顔がありました。私は抱きかかえられるように車に乗せてもらうと、再び涙ぐんでしまいました。そして、ひとしきり泣いた後、私はポツリと話しました。「あのね、子宮筋腫が大きくなりすぎて、子宮を全部摘出することになったの」「そうか・・・・・」

彼はそう言って黙り込んでしまいました。きっと、怒っているのだと思いました。以前から子宮筋腫があった私は、彼に何度も人間ドックに行くように言われていたのですが、悪い結果が出ることを恐れて、何年も行かなかったのです。その結果、その年に受けた人間ドックで子宮筋腫が予想以上に大きくなっていたことが判明したのです。

私は、彼の家に行くと、ソファーに座りこんで頭を抱え込みました。子宮を摘出しなければいけないということもですが、これで、彼との関係が終わってしまうのではないかという不安もあったのです。もうすぐ四十に手の届く年齢だったことも不安を後押ししていたのだと思います。そんな私に、「大丈夫。心配するな」。彼はそう言って手帳を開くと、すぐにどこかに電話をかけました。医療関係の出版社に勤めていた彼は、仕事先で聞いた、子宮筋腫を切除せずに治療してくれるクリニックに電話をしてくれたのです。幸いなことにそのクリニックで、私は子宮筋腫の動脈塞栓術という、切らずに子宮筋腫を萎縮させる治療を受けることができました。

退院後、彼は私に言いました。「大変だったね。でも、これに懲りたらこれからはきちんと人間ドックを受けるんだよ」「うん」私が素直に頷くと、彼は人間ドックの由来について話してくれました。船は長い航海を終えた後、次の航海で事故が起こらないように「ドック(dock)」という、船の建造や修理を行う施設に入ってメンテナンスをするそうです。そこから、人間ドックという言葉が生まれたということでした。だから、人間も一年に一度くらいは人間ドックに入って、次の一年間も頑張れるようにメンテナンスをする必要があるのだと、懇々と説明してくれました。いつもは少し煩わしいと思って聞いていた彼のうんちくですが、その時ばかりは、私もその通りだと納得しました。ましてや私の会社では、人間ドックを受けるのに補助が出ます。私は格安の料金で人間ドックを受けられる恵まれた環境にいたのです。それから、彼は笑顔で言いました。「人間ドックを受けるのはみんな不安なんだ。ぼくだってそうさ。何か悪い病気が見つかるんじゃないか。見つかったらどうしよう。いつもそんなことを考えている。でも、これは自分のためじゃなくて、周りの人のためでもあるんだ。そう思って、いつも人間ドックを受けているんだよ」「・・・・・?」私が戸惑っていると、

「ぼくが病気になったら、君が心配するだろう。そんな思いはさせたくないから、ぼくは不安だけど人間ドックを受けるんだ。だから、君も、ぼくのために人間ドックを受けてくれないかな?」

「分かった。これからは毎年、人間ドックを受けるわ」

わたしはその言葉がうれしくて、思わず大声で答えていました。

 そして、現在。私は彼の姓を名乗り、彼のために毎日美味しい(?)食事を作っています。もちろん、今でも子宮は私の中に残っているし、毎年人間ドックにも行っています。

 ただ、問題が少し発生しました。夫の勤めていた出版社が経営不振となり、夫は現在失業中です。そのため、夫は金銭的な問題から人間ドックを受けるのをためらっていました。

 そこで私は一言。「病気になったら、もっとお金がかかるのよ。迷惑ですから、早く人間ドックを受けてきてください。それに、次の就職に備えるためにも…」「確かにそうだよな。分かった、お言葉に甘えて人間ドックを受けさせてもらうよ」夫は笑顔で人間ドックを受けてくれました。結果は、肝臓が荒れているのと、軽度の肥満と診断されました。少々ヤケ酒をあおり過ぎたからかもしれません。まぁ、しばらくの辛抱です。

 私に幸せをもたらせてくれた人間ドック。今度は主人に幸せを運んできてくださいね。よろしくお願いします。