ホーム>受けてよかった人間ドック ~人間ドック体験記~>第7回 ソニー生命賞

第7回 ソニー生命賞

ソニー生命賞 『大切にすべきもの』

  高東 宏行さん(兵庫県)

 健診結果報告書に見慣れない書類が同封されて送られてきたのは、三月初めの暖かくなってきたころだった。ちょうど次男の小学校入学式のために休みを取ろうと調整していたが、早々に諦めて妻に任せてしまおうと思っていたところだった。

 人間ドックでの健診では、毎回総コレステロール値が高いと指摘を受けていた。もう少し体重を落とし、運動習慣と食生活の改善を図るように言われるが、それを語る医師は、私よりもはるかに恰幅がいい体型だった。素直にうなずいて聞いてはいたが、実際のところ努力義務くらいに受けとめていて、別段に留意することもなかった。

 ただ、今回に限っては少しばかり状況が異なっていた。精密検査結果返却依頼書なる書類は、医療機関で精密検査を受けることを前提とした書類だ。健診結果報告書を手繰ってみると消化管下部の項目にE判定があり、便潜血陽性との記述がなされていた。

「大腸疾患の可能性がありますので、医療機関にて精密検査を受けてください」

 淡々と記載されている一文に、いくばくかの衝撃を受けていた。大腸疾患といえば、よくてポリープ、最悪なら大腸癌という可能性があるということに身震いをしていたのだ。

 これまで受けた健診では、疾患の可能性を指摘されたことはない。今まで大病を患ったこともなく、健康には自信があった。病気で亡くした友人もいなかったこともあり、自分には関係のないことだと考えていたのだ。

 それだけに人間ドックの健診結果には、少なからず動揺してしまった。私には二人の息子がいる。次男は今年小学校に入学するし、二歳上の長男には知的な遅れがあり、うまく言葉を話すことができないというハンディキャップを持っている。

 支援学級に通う長男についての将来的な見通しは、密に接している妻にはあるのかもしれないが、私にはまったく見当もつかない。少なくとも経済的に支えることはできるが、どのように導いていけばいいのか模索ばかりを続けていて、明確な筋道は見出すことができずにいた。

 私が大病に倒れることになったら、また妻子を残して死に至るようなことがあったら…と悲観的な思念ばかりが脳裏をよぎる。

 四十代半ばの働き盛りで、子供が成人するまで時間も気力も十分にあると高を括っていた面はある。しかし、突然幼い兄弟を残して死ぬかもしれないといったリスクに恐れおののいていた。

 今回の健診結果は、私にとって何を大事にすべきかを思い返すための契機となった。長男の発達障害がはっきりした時点で、家庭を優先すると決めたはずであるのに、いつの間にか仕事のことばかり考えている。息子たちに薫陶を授けなければならないとの思いは、日々の生活に忙殺され、気がつかないうちに霧散してしまっていた。

 幸いにも翌週に受けた大腸内視鏡検査の結果では、異常なしとの診断をいただいた。私が抱いていた懸念は杞憂にしか過ぎなかったのだ。

 同時に毎年の健診を会社の定例行事のように考えて、おざなりにしていたことを反省した。人間ドックを利用できる僥倖を素直に感謝すべきなのだ。

 精密検査を終えて帰宅したとき、妻に次男の入学式に参列することを伝えた。家庭が最優先であるという気持ちを新たにしたためだ。

 また、山登り体験やスキーツアーのような子供のスクールイベントにも、できる限り参加することにしようと思う。なかなか運動をする機会がないが、こういった行事に参加する気持ちを持つことで、ひと駅歩くような地道な一歩を踏み出せると思うからだ。

 子供たちとの関係を強めるだけでなく、私自身の運動不足解消のためにもなるかもしれない。今回の人間ドック受診は、人生でもっとも大切にすべきものが何かを思い返させ、行動を変えるためのよい転機となるものであった。