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第6回 優秀作品賞

 優秀作品賞 『今の私に繋がる人間ドック』

  甲斐 江美さん(山梨県)

スケジュール帳を確認するとちゃんと書いてあった。二〇一三年九月十八日水曜日、初人間ドック。私はその当時も今も非常勤の仕事をしている、前後の日付には仕事や子供の学校の予定が書いてあり、普段通りの日常生活の中の一つとして人間ドックに行ったはずだ。

大学を卒業後、教職の道に進んだ私は次男の誕生を機に退職。主婦として過ごしてきた日々では自らの健康を気遣うことはあまりなかった。検診を告げる自治体からの葉書はさして吟味もせず、日々の雑事に紛れてしまっていた。私にとって検診や人間ドックは九つ歳上の夫が行くもの。定期的な健康チェックを職場がしてくれる、だから夫はいくのだ。そんな他人事のものだった。

二〇一二年、非常勤の仕事に復帰して五年が過ぎた。職場には人間ドックに行く同僚が当たり前にいた。夫が受けるような人間ドックを自分も受けた方がいいのではないか。四十歳から毎年来ていた自治体から検診の葉書も、気になった。検診より人間ドックの方が色々診てもらえる。そんな俄か知識も社会生活の中で身についていた。

その当時、勤務時間の関係で私は夫の扶養家族。夫の健康保険に問い合わせの電話をした。なんとその年度から四十歳以上の扶養家族は人間ドックを援助して貰えるようになったと、思いがけない嬉しいお返事を頂き、二〇一三年四月、夫の職場を通じて人間ドックを申し込んだ。生まれて初めての人間ドック。宿泊を伴わない一日コース。これなら家族の生活にも私の仕事にも支障はない。なんだか気分も高揚しながら病衣に着替えたのを覚えている。検査は多岐に及んだ。若い頃の自分の職場で受けたことのある定期健診とは大違い。大きな見たこともない機械の中に身を横たえ、何かを飲み、体は機械に持ち上げられもした。採血に検尿、持合室でちょっと休むと次の検査に呼ばれる。なかなか体力も気も遣う。

高揚した気分もちょっと萎みかけた時、名前を呼ばれて検査室の固いベットへ。ぬるぬるした液体を体のあちこちに塗られてのエコーの検査。終了後部屋を出ていく私に技師が「甲状腺の検査をしたことはありますか?」と声をかけてきた。何気なく、大したことではない感じの問いかけだった。思いかげない臓器の名前、私は面喰った。「最後にドクターとお話しする時間がありますからね。」と技師は私を送り出してくれた。

 医師は検査結果を見ながらやはり甲状腺の話をしてくれた。両親、姉達や伯母等、思い出せる範囲の血族に甲状腺を患っていた人はいない。

「精密検査を人間ドックの検査結果が戻ってきたら、検討しましょうね。」と医師は言った。この時の検査技師の声掛けや医師の話は、その後の私の行動に大きな示唆を与えてくれた。何かあるのかも、と心の準備をしながら話を聞くことが出来たが、気掛かりと分からないことは残る。

その日から甲状腺について調べ、知識を詰め込む時間を過ごした。人間ドックから二週間もせず、検査結果が分厚い封書で郵送されてきた。中には厳封の封筒。現実味のないテレビで見るような事態の展開に何だか可笑しくなってしまい「こんなの入っていた。」とへらへら見ていたら、「笑い事じゃない。」と高校生の長男に厳しい口調で諭されてしまった。

夫とも相談し自宅近くの総合病院を翌日受診。精密検査の後、受診の最後に告げられたのは甲状腺乳頭癌の可能性だった。人間ドックのエコー検査、あの時技師は何か見つけてくれたのだ。それを医師も確認したからこそ、精密検査の準備をと告げてくれたのだ。人間ドック後に甲状腺の病気について調べていた私。準備をしながら過ごすことが出来ていた。これからの生活や仕事を考え、具体的に何をどうすべきか途方にくれながらも考えようとしている自分がいた。

二週間後には甲状腺乳頭癌の診断が確定。十一月には県外の専門病院でセカンドオピニオン。家族と相談し、セカンドオピニオンを受けた病院で二月に手術。甲状腺乳頭癌は予後が良好の場合が多い。病気について調べている時に出会った言葉にすがるような日々を過ごした。病気について調べることも、心と体の準備をすることの重要性も、人間ドックをきっかけに身に着けることが出来ていた。

私はなんて運が良いのだろうか。何度も何度もそう思った。生まれて初めての人間ドックで癌を見つけて頂いた。前向きに病気を向き合うことが出来た。運が良い、その運の良さを信じて病気を、癌を乗り越えてきた。

主婦や非常勤の仕事をしている場合、社会との接点が思いのほか薄くなる。自らの意志で健康を考えていかない限り思わぬ見落としをしてしまう。自治体での検診では甲状腺のエコー検査はない場合も多い。私の場合、人間ドックだからこそ病気が発見できたのだ。あの時人間ドックが今の私に繋がっている。そして今の私のスケジュールには定期的に人間ドックが入っている。