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第4回 ソニー生命賞

ソニー生命賞 『人間ドック友達』

大沼 あつこさん(東京都)

年に一回の人間ドックは、かけがえのない時間だ。といっても、好きになったのは一昨年から。それまでは大嫌いだった。なんで平日まるまる時間をとられて拘束されなきゃいけないの!仕事が溜まるだけ!

しかし、年に一度、人間ドックを受けなければ会社でペナルティーをつけられてしまう。年度末に近づき、重い腰を上げて予約をとろうとしても、私と同じように引き延ばす人が多いらしく大混雑。予約がとれず、電話口でまたイライラ。予約をなんとかとりつけても、人間ドック前夜は遅くまで残業。結果、当日は寝不足。血圧やら心拍数やらの数値も悪くなりそう…。いっそクリニックで仕事!と思っても機密事項の書類を持ち込むわけにもいかないし。そんなことを毎年繰り返し、迎えた一昨年の年明け。

社食でランチを食べていると、偶然、同期の女性と隣合わせになった。
部門が違い、オフィスのあるビルも違うけれど、同じように忙しい毎日。久しぶりにおしゃべりをし、席を立つ前に彼女は薬を何錠か手早く飲んだ。

「どうしたの? 体調悪い?」聞けば、お母様が病気になり心配で胃を悪くしているという。お互い、そんな年になったんだね。私の父も持病があって、気になってるんだ。親も心配だけど、自分の体のことも考えないとね。そんなことを話して別れた。

デスクに戻ると、健康保険組合からメールが来ていた。「まだ人間ドックを受けていない皆様へ」。…ああ…またか。いつもなら心の中で舌打ちしてメールを即削除するところなのに、ふと先ほどの同期の彼女の顔が浮かんだ。次の瞬間、内線表を調べ、電話していた。「ね、ね、もしまだ今年の人間ドック受けてなかったら、一緒に受けない?」社食でたまに会う以外はほとんど交流のない私からの誘いに、彼女は一瞬息を飲んだ。でもすぐにこう言ってくれた。「私もまだ。誘ってくれてありがとう、ぜひぜひ一緒に」。

お互いすぐにスケジュールを確認して、候補日をいくつか選び、予約をとった。所要時間、たったの十分。これまでは三月になってからの予約に四苦八苦していたのに。その年はまだ一月だったからだろう、スムースだった。

そして当日。正直、勢いで誘ってしまって、長時間を一緒に過ごすのはきついかな?なんて後悔したこともあった。けれど、どっこい!ふだん、プライベートでは接点のない女性二人が少しずつ距離を縮めるには、人間ドックはなんともぴったりな場所だった。なにしろ、二人で過ごすといっても、べったりいるわけではない。主目的は検査だから、血液をとったり、心電図室に呼ばれたりと何かと忙しく、実際には彼女が検査室から出てくるのを横目に私は別の検査室に入る…というようなことがほとんど。

こみいった会話をするほどの時間は無く、でも、時折、待合室で同時に座れることがあって、そんなときは隣同士に座ってとりとめのない会話をする。
「そのネイル、自分でやってるの?」
「肩こりがひどくて、肩甲骨をほぐすマッサージに行ってるんだー」
「最近、映画なんか見た?」ぽつり、ぽつり。周りの人に迷惑にならないように、静かに。話題が途切れたら、自然に手は新聞や雑誌に伸びる。お互いにしゃべらなくても居心地が悪くない時間が過ぎていく…。

決して親しいわけではないのに、このリラックス感は何?
もしかしたら、同じ検査着を着ているからかも。同じピンクの検査着で、ソファに座って雑誌を読んだり、お茶をいただいたり…って、エステやスパに来ているみたい。仕事のことは思い出さなくはないけど、例年より遠くのできごとに思えた。ゆったりとした時間が流れ、こうして一昨年の人間ドックは終わった。私服に着替えた後、夕食に誘おうかどうか迷った。彼女の病気のお母さんのこともあるし…。仕事のことも気になりだしてはいるし…。そうしたら、彼女が言った。

「これから一緒に食事したいな、と思ったんだけど、でも、ここで急に親しくなりすぎるより、ゆっくり時間をかけて付き合っていけたらって思って。今日はこのまま解散して、また来年、再来年と一緒に人間ドックを受けたいなと思ったんだけど…どうかな」

うんうん。まさに私も同じことを感じていた。

いろんな人間関係があって、人間ドック友達というのもあっていい。

それ以来、毎年の年明けに一緒に受けるようになって今年で三回目。家族ほど親しくないから、検査結果全般については特に話さない。そもそも結果は各自郵送なので結果の知りようもない。親友ほど親しくないから、プライベートな話をするわけでもない。でも、おない年で、同じように働いて、疲れた二人が、パリパリの検査着に袖を通した瞬間から、私服に着替えるまで仕事から離れてのんびりと半日、一緒に過ごす。肌のメンテをするように、体のメンテをする、なんとも贅沢な大人の時間。

一昨年より前だったら信じられないことだが、来年の人間ドックをすでに今から楽しみにしている自分がいる。