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第7回 最優秀作品賞

 最優秀作品賞 『健診 わが家の大切なイベント』

  山田 知さん(東京都)

年に一度の健診の待合室。待合室のテレビには、福島第2原発の建屋の屋根から白い煙が上がっている様子が映し出されていました。いつもの待合室と違って、閑散としていて人もまばらで、まだ底冷えする冬の寒さが残る待合室でした。

その日の受付が慌ただしいのは、その前の週末に起きた東日本大震災の影響でした。受付担当のスタッフの方も出勤できていなかったのでしょう。恐らく、受診を取り止めた人も相当数いたのでしょう。

わが家のもう一人の受診予定者の妻もこの日人間ドックの受診を取り止めました。妻はこの時が初めての健診、人間ドックでした。しかし、余震がひっきりなしに来る中、子どもたちを気遣う気持ちからでした。

「あしたの健診どうする?」と私が聞くと、

「この余震まだ続くんでしょう。子どもたちを置いて行けないでしょう。あなたは大事な健診だから行ってくれば。」と、ちょっと残念そうな声で妻が答えました。

「そうだね。でもこの大地震で健診機器は大丈夫なのかなぁ。そもそも休診にならないかなぁ。」と、前日の日曜日の夜の会話でした。

私にとっての健診(人間ドック)は、一年に一回のテストのようなもので、この一年間でどれだけ身体に良いことができたかを計測する大事な機会となっていました。実はこの4年前に重度の糖尿病の症状で1週間教育入院をしました。その後四半期に一度、糖尿病外来を受診し、血液検査でHbA1Cを中心に身体の状態をチェックしてもらっていました。ある意味、この糖尿病の状況を定期的にチェックし、総合的な身体の状況をこの人間ドックで把握の機会としていました。

その翌年、初めてやっと夫婦揃って人間ドックを受診しました。

一通り受診が終わると食堂で美味しい昼食を摂って落ち着いた顔に変わっていました。

「昨日の夜から何にも食べてないから、ご飯美味しいね。」と妻がニコニコしながら食べていました。

夫婦揃っての健診は、なかなかいいものでした。いつもは忙しくいろんな検査部門を一人ぼっちで廻るなんともつまらない半日でした。ただでさえ「数値が悪くなってないかなぁ」と不安を抱えて待合の椅子に座っているのはなかなか落ち着かないものです。妻が側にいて、初めて受診した検査もあり、検査の様子や各担当の人の人柄に対しも一喜一憂していました。そうした妻の話が聞け、その時間も含めて退屈することなくその日は受診できました。

午後の医師の先生からの問診に備えて午後の待合室で待っていると看護士さんと思しき方がわれわれ夫婦に近づいて来て

「恐れ入りますが、〇〇さんですか?ご主人さまもどうぞご一緒に3番のお部屋にお入りください。」といわれました。いつもは受診番号が呼ばれ部屋に入るのですが、その日はちょっと塩梅が違っていました。

入室すると席に座って、レントゲンの画像をじっと見ている医師の先生がいらっしゃいました。

「こちら奥様の肺の画像です。右肺の中央に白いピンポン玉のような画像がみえますよね。」と言われました。

先生はゆっくりと説明してくれましたが、われわれは、無機質な白い蛍光灯の前に映しだされてレントゲン写真をただぼんやりと見ていました。先生も立ち会った看護士の方も、「すぐに大きな病院で検査を・・・」というのがその日のメッセージでした。

妻が亡くなってから早いもので4年の歳月が過ぎました。肺癌からの各所への転移によるものでした。健診で発見されてからちょうど丸2年が経ったところで、厳しい抗癌治療、放射線治療を経て、春の陽が穏やかに差す春分の日にこの世を旅立って行きました。その時、中学3年生、小学5年生だった2人の息子たちも今春、大学1年生、高校1年生です。わが家にとっての健診は、妻の想い出の根幹を為すものとなりました。皮肉にもBMIの数値が極めて良好な妻が先に亡くなり、毎年メタボの指摘を受ける私が今も毎年健診を受ける、というなんと人生は皮肉なものなのでしょうか。

今でも「あの大地震の直後の健診を妻が受けていれば・・・」と思うことがあります。その後の妻の治療等の展開が少なくとも変わっていたでしょう。もう少し打つ手があったかも、と悔やまれます。終わったこととは言え、悔しい出来事でした。

亡くなる直前に死を覚悟した妻からは、「あの子達の面倒を見るのはあなたしかいないのよ。」という言葉が今も強く耳に残っています。わが家にとっての「健診」は単なる健康チェックに留まらず、確実にリスクを回避するための重要な試験として私に課された「大切なイベント」となりました。

「お父さんの会社の健保のサイトを見ていたら、扶養家族も20歳に成る歳から健診が受けられるって。ボクも人間ドック受けようと思うけどいいよね。」この春に20歳になる長男が云いました。

間違いなく、わが家にとって「健診」は、家族の絆を保つための大切なイベントとなりました。