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第10回 優秀作品賞

 優秀作品賞 『体と心のために人間ドック』

  井出 恵子さん(埼玉県)

私達夫婦には子供がいない。もともと結婚願望のない私が、結婚をしたのは、40歳を過ぎてからだった。夫も私同様、結婚願望がないタイプだったので二人共40歳過ぎてからの初婚同士だった。

私達は子供を持つ人生ではなく、二人だけで穏やかに生きる人生を選んだ。幸い、お互いに好きな仕事に就くことが出来ているので、それぞれ自分の生活を自分のペースで過ごし、お休みの日は二人で一緒にのんびり過ごす。他の同年代の人達とは少し違う人生かもしれないが、とても充実している暮らしだった。

しかし、結婚してから数年後、私は心の問題を抱える事になった。夫婦二人の生活には何の問題もなかったが、40代の私達夫婦には高齢の親がいる。

私の父親は癌で長く闘病生活を送っていた。そんな父の心配もある状態で、更に突然、とても元気だった夫の父親まで癌になってしまったのだ。見つけにくいと言われている膵臓がんだった為、病院に行った時には既に末期だった。

その頃、私は仕事も忙しくそのストレスもあり一気に心が不安定になった。

不眠が続き、意味もなく心臓がドキドキしたり、突然パニックになりそうな不安感に襲われたりした。こんな経験は今までなかったので、心療内科を受診した。その時に全般性不安障害と診断された。

私の「不安」の対象は漠然としたもので、特にこれと断定されているものではなく、その時々によって変わるものだった。ただ、父や義理父の癌の事は常に気にかかる事で病気への不安はいつも心に根を張るようにあったと思う。

ある夜、私は夫に「人間ドックを二人で受けてみない?」と声をかけた。私も夫も職場で健康診断は受けているので、「わざわざお金をかけてまで行く必要あるかなぁ。」と言われると思っていた。共働きで夫婦二人のため、生活に困るような事はないが、けして贅沢な暮らしが出来る程、余裕があるわけではない。

しかし、夫の返事はとても前向きだった。

「いいね。行こう。俺も受けてみたい。」

その後は、トントン拍子だった。ネットで人間ドックを検索し、夫婦二人で脳から体の隅々まで調べてもらえる高額なプランを予約した。ちょっとした近場の海外旅行に行けるような金額だった。でも、勿体ないとは一切思わなかった。

当日は二人で遊びに行くような気持ちで人間ドックへ出かけた。モヤモヤした不安を抱えて過ごすより、もし悪い所があるなら、それを早期に発見して対処したいという気持ちだった。

自分の父親が膵臓がんになった夫も同じ心境だったらしい。今、何も症状がなくても自分の父親のように症状が出てからだと手遅れの事がある。それなら、今のうちにきちんと調べておこうと・・・。

夫も私ほどではないにせよ、「不安」に襲われていたのだと思う。

人間ドックの施設を出た後は、二人で外食に行った。その時、食べたパスタの味は今も忘れられない。美味しかったというより、久しぶりに「不安」から開放され、とても温かいと感じた。 しばらく、私は食事を味わう余裕すらなかったのだと思う。

それから数日後、結果が届いた。幸い、二人共大きな問題はなかった。結果を見る時に心臓がドキドキしたが、漠然とした不安に襲われている時の感覚とは違うものだった。

人間ドックに行くという行動を起こした達成感のようなものがあったからなのかもしれない。

その数年後、私の父も義理父も、続くように亡くなった。

今、思えば、あの「不安」は二人の父親が私達に伝えてくれた事なのかもしれない。

毎日の生活を心穏かやに過ごすためには、まずは体のケアをきちんとしておくようにと・・・。

それから私達夫婦は、海外旅行の代わりに人間ドック貯金をするようになった。

夫婦二人、心と体が健康であれば毎日、それで幸せ。

これからもずっと二人であのパスタを食べに行こう。