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第3回 最優秀作品賞

 最優秀作品賞 『想ういのち』

半谷 美保子さん(神奈川県)

 午前八時三十分から受付が始まる。毎年、二十分程ばかり早めに行き、人間ドックの順番を待つようにしている。 

 今年で何度目になるだろうか、などと思いながら、私は決まって周りにそれとなく目をやる。私と同じくらいの四十代の女性、五十代の女性、出勤前らしい三十代の男性、そして、そこに七十歳過ぎくらいの夫婦がエレベーターからゆっくりと降りてきた。 

 受付を済ませ、更衣室に行こうとすると、後方で、こんな会話が聞こえてきた。
「お父さんは、こっちの更衣室だから、着替えが終わったら、ここで待ってて。絶対にここを動かないで下さいね。」
「わかった、わかった。」

微笑ましいやり取りだった。

「お父さん、名前を呼ばれてたわよ。」
「そう?聞こえなかったんだよ。」
「ほら、早く、早く行かないと。」

自分のことをしながら、気が気でならない様子が見て取れた。こんな風にして、年齢を共に重ねていけたら・・少し先の自分達夫婦のことを思い描いたりしていた。

 私は受付までの時間を、毎年とても大切にしている。様々な人が、きっと、それぞれの思いでこの場にいるからだろうと、思うからだ。 

 もう、十二、三年程前になるだろうか。夫に勧められ、初めて人間ドックを受けてみることにした。その年は、異常なしという結果だったのだが、翌年、右乳房に触診で異常が認められ、再検査となった。まだその頃は、マンモグラフィーという言葉をようやく耳にする程度で、私の中の知識としても、しこりは乳癌にしか結びつかなかった。再検査の文字は、何かの間違い・・と、万が一・・との間を揺らぎ続けた。息子もようやく来年は幼稚園、そんな中では、否定の思いだけをあえて自分に言い聞かせることで精一杯だったのを覚えている。

 しかし、その夜、幼い息子とお風呂に入っていると、そのしこりを確かめずにはいられなかった。私は、大丈夫と念じながら、そっと触れる。今まで味わったことのない、とてつもない恐怖感というのだろうか、一気に襲い掛かってきた。その時、私がどんな表情をしたのかわからない。ただ、湯船に浸かっていた息子が、急に大声をあげて泣き出した。母親の何かを感じとったに違いない。間違いなく、自分にも降りかかる何かが、大きな不安となって伝わったとしか思えなかった。言葉がなくても、幼い命は、私を頼っていることを強く感じさせられた時だった。

 再検査は、十一月の冷たい雨の日だった。車のワイパーが強くはじく雨は、一層私の不安をあおるかのようだった。息子の編みかけのベスト、幼稚園入園の際に揃えておく物、夫の買い置きのワイシャツの枚数・・そんなことばかりを、不安を一瞬でも忘れたいが為に考えていた。
幸いにも、しこりは良性であった。私にも家族にも、笑顔が戻った。   

 人間ドックを受けることは、病気の早期発見の為の一つではあるのは確かだが、誰のための命なのかを改めて感じさせられたことともなった。人は、社会のどこかに必ず自分の居場所を持っている。家族、学校、会社・・そのどこかに自分が存在している限り、その命は誰かに望まれている。日々忙しい中にいても、一年に一度は立ち返ってみたい命の原点。命は自分の為にでもあるが、誰かの思いの上にあることに気付くことができるなら、人間ドックの敷居も、決して高くはないと思う。ほんの少し視点を変え、誰かの為に人間ドックを受ける、あの時以来の私のスタンスとなっている。少しだが、ゆっくり生きることも見つけられた気がしている。ゆっくり、それは命への愛おしさであるかのように。

 受付前のほんの少しの時間、私は必ずあの時を思い出す。あの時のことを忘れない為にも、そして、これからを生きていくことを確かめる為にも。

 あの日、大泣きした息子も、今は高校一年生。反抗期、真只中である。衝突することも多いけれど、私の検査結果はなぜか気になるらしく、ぶっきらぼうに、
「どうだった?」
この時だけは、私も息子も一時休戦。母親をもう少し頑張ろうという気にさせられる。

 来年は、夫と一緒に受けてみるのもいいかな・・そんな気持ちにさせられた、今年の人間ドックだった。 

 来年も、きっとまた、新たに命への想いがみつけられそうだ。